社会情報学会シビックテック・デザイン研究部会 ワークショップ開催報告
開催概要
- 開催日:2026年9月13日(日)
- 会場:長崎県立大学シーボルト校
- 主催:社会情報学会シビックテック・デザイン研究部会
- 司会:澁谷遊野(東京大学)
- 話題提供:清水亮氏、西尾泰和氏
- コメンテーター:青木和人氏(福井県立大学)、牛島清豪氏(株式会社ローカルメディアラボ)、小俣博司氏(東京大学)、庄司昌彦氏(武蔵大学)、中俣保志氏(香川短期大学)
生成AIを使えば、これまでプログラミングをしてこなかった人も、自分の欲しい道具を作れるようになる。大量の意見を整理する技術によって、限られた時間の中でも、これまで見落としていた声に気づけるようになる。こうした変化は、市民参加や社会課題解決のあり方をどう変えていくのだろうか。
2026年9月13日、長崎県立大学シーボルト校で、社会情報学会シビックテック・デザイン研究部会のワークショップ「生成AI時代のシビックテック・デザイン ― 参加や社会課題解決はAIとどのように共進化するか」を開催した。西尾泰和氏がオンラインで、清水亮氏が会場で話題提供を行い、研究部会のメンバーや参加者と議論した。
西尾氏が問いかけたのは、大勢の声を聴く技術が人の自由を広げる可能性である。清水氏は、AIとともに自分の欲しいものを作る実践を紹介し、プログラミング以外の経験や、身近な不満を見つける力の重要性を指摘した。両氏の話題提供と討論を通じて、AIを導入する際に、誰が何を決め、どのように参加し、何を作れるようにするのかという課題が浮かび上がった。
AIを使った協働で何が起きているのか
冒頭では、司会(澁谷)から研究部会の活動と企画趣旨を紹介した。研究部会では、広い意味でのシビックテックに関する対話の場を設け、シビックテックと呼ばれる以前から続いてきた実践も含め、その歴史や今後の展開を検討している。
今回の企画の背景には、シビックテックを学ぶ場で生成AIの利用が急速に広がっていることがある。関連する公開講座のグループワークでは、AI利用で結論に至るまでの試行錯誤や深い議論が抜け落ちると感じた受講者がいた。AIの回答を自分たちの納得できる意見としてまとめる難しさや、生成されたアプリの妥当性を判断する難しさも挙げられた。他方、事実確認や実現可能性の検討を人間同士の議論で重ね、AIの提案を改善する使い方も見られた。
AIが参加や協働の過程にすでに入り込んでいる中で、その働きをどう理解し、どのような場を設計するのか。
西尾泰和氏の話題提供
大勢の声を聴く技術は人の自由を増やすのか
西尾氏は、人間の知的生産性への関心から話を始めた。プログラミング言語や単語の意味をベクトルで表す技術、知的生産術について執筆してきた西尾氏にとって、生成AIは、人が情報を扱い理解する能力を変える技術でもある。異なる背景や価値観を持つ人々の協力を考える『Plurality』への関わりとともに紹介したのが、ブロードリスニングだった。
放送、すなわちブロードキャスティングによって、一人の声を大勢に届けることはできる。しかし、その方向を逆にすると問題が生じる。一万人が話したことを一人で聴こうとしても、受け手の処理能力が追いつかない。ブロードリスニングは、多くの人の意見を整理し、人が受け取り、理解できるようにする仕組みである。西尾氏はこれを、人間が大勢の意見を認知する能力の増強として捉えている。
限られた時間で多様な論点にたどり着く
ブロードリスニングの価値を説明するため、西尾氏は、無作為に一定数の人の意見を聴く場合と、似た意見をグループに分け、その各グループから代表的な意見を読む場合を比較した。
無作為抽出では、よく見られる意見に繰り返し出会う一方で、少数の意見を見落とすことがある。先に意見を分類しておけば、同じ件数を読む場合でも、より多くの種類の意見に触れられる可能性がある。講演では、意見の分布について一定の仮定を置いた比較として、カバー率が66%から88%に高まる例が示された。
西尾氏は、この改善を、すべての意見を漏れなく聴けるという約束と混同してはいけないと強調した。時間や費用が限られる中で、把握できる論点の幅を広げることが目的である。どのような条件でも同じ数値になるわけではなく、技術によって完全な網羅が実現するという説明でもない。
具体例として紹介されたのが、2025年の参議院選挙に関連して集まった、チームみらいの政策への提案の分析である。西尾氏は、公開された提案から論点を抽出し、文章の意味をベクトルで表現したデータを作成した。元の提案に加えて分析しやすいデータも公開し、さまざまな人が自ら分析できるようにすることを重視している。
約2万1千件の意見の分布を可視化した例では、全体の1%弱に当たる、母子手帳についての意見のまとまりが示された。そこには、デジタル化が進んでも、希望する人には紙の母子手帳を残してほしいという声があった。母子手帳には、情報を記録する役割とともに、家族の思い出を残す意味がある。こうした具体的な事情に気づけることが、多様な声を聴く技術の意義として紹介された。
読みやすい要約の中で何が失われるのか
意見を整理する方法には、なお多くの課題がある。西尾氏が示した分析例では、文章の意味を表すベクトルをUMAPという手法で二次元に圧縮し、HDBSCANという手法で似た意見をグループ化していた。しかし、二次元に圧縮することで情報は失われ、意見同士の関係が歪む可能性がある。元の高次元の情報を使って分類する場合には、その結果を人にどうわかりやすく示すかが難しくなる。
分類に使う手法によっても、残る意見は変わる。HDBSCANでは、まとまりのはっきりしたグループが得られる一方、どのグループにも属さないデータがノイズとして扱われる。講演の例では、その割合は34%だった。それらをどう扱うかは、意見を聴く仕組みとして見過ごせない。すべての意見をいずれかのグループに入れる別の手法でも、意味の離れた意見が混在し、後のAI要約で一部が落ちる可能性がある。
大量の文章を一度にAIに入力して、全体を要約する方法にも課題がある。文章が読みやすく整っているほど、何が省かれたのかがわからないまま受け入れてしまうことがある。西尾氏は、多数意見の要約の「良さ」を評価する尺度を作り、手法間で比較する研究の必要性を指摘した。見やすい図や納得しやすい文章が得られたことだけでは、意見を適切に扱えたとは判断できないのである。
また、自由記述の文章を分類する方法とは別に、意見への賛否を集め、その回答の傾向から人々のまとまりを可視化する方法も紹介された。JAPAN CHOICEの「世論地図」の例では、既存の政党によって十分に代表されていない意見のまとまりを見いだせる可能性が示された。
この分析では、民意の効率的な可視化と、AIによる政策決定プロセスの一部自動化とで、受け止め方が異なることも紹介された。西尾氏自身は両者を連続したものとして考えていたが、回答者の反応から、自分とは異なる捉え方に気づいたという。技術を作る人が他者の考え方を理解することも、こうした可視化の役割の一つである。
意見を聴く人と聴いてほしい人の間にある違い
西尾氏が実践から見いだした重要な論点が、ブロードリスニングを使う人の立場の違いである。
意見を聴きたい人にとっては、限られた時間で多くの論点を把握し、必要に応じて原文に戻れることが重要になる。一方、意見を聴いてほしい人は、自分の事情が理解されたのか、自分の意見がどのように扱われたのかを知りたいと考える。
この違いは、情報をたどれること、すなわちトレーサビリティにも現れる。分析者には、要約に書かれた意見がどの原文から来たのかを確認する機能が必要である。同時に、投稿した人には、自分の意見がどの論点に整理され、その後どのように使われたのかを確かめる手がかりが必要になる。西尾氏は、これらを「どこから来たのか」と「どこへ行ったのか」という二つの方向から説明した。
集約した情報の質を高めることと、参加した人が自分の関わりを確かめられるようにすることは、異なる設計上の課題である。自分の声の行方がわからなければ、意見を出してよかったという実感も得にくい。この点は、ブロードリスニングを市民参加の仕組みとして考える際の重要な指摘だった。
身近な居場所をよくするためにAIを使う
講演の最後に、西尾氏は社会参加を身近な場面から考え直した。選挙やデモのような大きな出来事に限らず、自分たちの居場所を居心地よくすることも社会参加である。たとえば部活動の部室を使いやすくすることは、小さな社会をよくする実践といえる。
ただし、どのような部屋が心地よいかを外部の人が決めつけることはできない。鉄道研究部だから電車のポスターを貼ればよい、という推測だけで済ませず、その場を使う人たち自身が話し合う必要がある。
一方、管理する側には別の難しさがある。どのようなポスターなら認められるかを細かく説明し、一つずつ判断するには手間がかかる。その結果、本来は認められるものも含めて、一律に禁止してしまうことがある。西尾氏は、こうした場面で人間の言語化やコミュニケーションの負担が、自由に行動できる範囲を狭めていると指摘した。
AIが、やりたいことの言語化、条件の整理、個別の確認を支援すれば、一律の禁止を減らせるかもしれない。討論では、意見を最初から文章で書くのが難しい人でも、AIとの対話を通じて、自分が本当に求めていることをつかめる可能性が補足された。声を出す側と受け止める側の双方を支援することが、人に任せられる範囲を広げるという展望である。
清水亮氏の話題提供
AIと人間の共生を具体的な制作から考える
清水氏は、人とAIの共生を目指して取り組んできた開発や活動を紹介した。工事計画や製造業でのAI利用、レースの予測に向けた計測と分析など、AIを現実の仕事や環境につなぐ実践がある。同時に、ハッカソン、AIを使ったアート、子どもが遊びながらAIに触れる仕組みなど、技術を使う人を広げる活動にも取り組んでいる。
講演の中心となったのは、自然言語でAIに指示しながらソフトウェアを作る「バイブコーディング」だった。清水氏は、コードの存在を強く意識せずに開発できるようになることで、専門家以外の人も高度な制作に関われるようになると説明した。そのとき重要になるのが、自分は何を欲しいと思っているのかを定めることである。
手元の機器を自分のために作り直す
清水氏は、自身の身の回りで作っているものを数多く紹介した。定期的に撮影して後から見たものを振り返れるスマートグラスのアプリ、ニュースを話しかけてくる卓上ロボット、VRを使った教育アプリ、複数のAIエージェントを使う実験などである。動く椅子を使い、桃になって川を流れていくゲームを作った例も紹介された。
日常の記録でも、腕時計で録音した音声を自分のコンピューターに送り、文字起こしを行い、過去の行動や残っている用事を確認する仕組みを作っている。写真やスマートグラスの記録も合わせ、自分が何を見て、誰と何を話したのかを振り返る使い方である。
清水氏にとって大きな変化は、個別の機器の開発環境や設定に伴う手間をAIに任せやすくなったことだという。自分でプログラムを書ける場合でも、機器ごとの細かな作業が負担となり、使いこなせずにいたものがある。AIがその負担を引き受けることで、手元にある機器を自分の目的に合わせて組み合わせ、作り直せるようになった。
一方で、専門的な知識の意味がなくなるわけではない。古い計算機でAIを高速に動かす試みでは、AIの提案を読み解き、処理のどこが遅いのかを見つけ、ハードウェアの特徴を踏まえて別の方法を指示する必要があった。清水氏は、同じAIを使っていても、自分の経験や理解があったから進められたと振り返った。AIが開発の入口を広げることと、深い知識が難しい問題の解決に役立つことは、同時に起こっている。
プログラミング以外の経験が制作を変える
清水氏が紹介したハッカソンでは、プログラミング経験の少ない人々が、AIを使ってゲームや業務用の道具を作っていた。印象的だったのは、新宿ゴールデン街に関わる人々のチームの事例である。AIをやってみたいという参加者の希望をきっかけに、専門家以外も参加する制作の場が設けられた。
そこで出された課題の一つが、本物の風船を使うゲームだった。ゲーム開発の経験がある人が従来の発想にとらわれる一方で、このチームは、風船に描いた顔と同じ表情を参加者にしてもらうなど、人を巻き込む遊びを考えた。別の制作では、QRコードから観客も参加し、遊んでいる人を妨害できるゲームを作ったという。参加者はサーバーの仕組みを説明できなくても、AIとやり取りしながら、複数人で遊べるものを形にしていた。
銀行の役員や支店長が参加したハッカソンでは、会長が優勝した事例も紹介された。清水氏は、人に仕事を依頼し、何をしてほしいかを伝えてきた経験が、AIを使う場面でも役立つと捉えている。ゲーム制作の現場からは、試作品を作る時間が大きく短縮されたという例も挙げられた。
これらの事例が示すのは、実装を担う技術が変わると、制作に生きる経験の範囲も変わるということである。人を楽しませる経験、仕事上の問題を把握する経験、何を実現したいかを伝える経験が、AIを介して具体的な作品になる。清水氏は、この変化を、使う人自身が作る「エンドユーザープログラミング」の実現に近づくものとして位置づけた。
発想を広げるハッカソンの設計
討論では、専門知識のない人がアイデアを形にする力を、どのように身につけるかが問われた。清水氏は、ハッカソンのテーマや進め方によって、参加者の発想が大きく変わると応じた。
たとえば、特定のデータを使うことを先に決めると、そのデータでできることの範囲に発想が縛られやすい。一方、「春」のような抽象度の高いテーマなら、花見や入学式など、人によって異なる経験が入口になる。銀行の参加者にとっては「資本主義」というテーマが意欲を引き出したという。風船を使うような意外な条件も、いつもの作り方を離れるきっかけになる。
清水氏は、競い合う仕組みや限られた時間が、試してみる行動を促すと説明した。また、誰に作品を見てもらうかという審査員の選び方も、参加する人や制作の方向に関わる。参加者の意欲を確かめ、場のルールを共有することにも触れた。紹介された招待制の実践では、参加者の選び方も場を成り立たせる条件になっていた。
後半の討論では、最初に一人でアイデアを書き出す時間を設ける方法も紹介された。すぐに思いつく案が尽きた後も考え続けることで、別の発想が出てくることがあるという。AIを使って短時間で実装できるようになっても、自分の中にある関心を探り、他者との違いを持ち寄る時間は、制作の場の重要な部分である。
AIと行政をつなぐ仕組みを作る
清水氏は、AIが賢くなるだけで社会課題が解決するわけではないと指摘した。必要なのは、AIが現実の制度やサービスに接続するための仕組みである。
自治体ごとに形式が違うオープンデータを扱う際、従来は個別の形式に合わせる作業が大きな負担だった。AIは、その違いを吸収する助けになりつつある。さらに清水氏は、行政サービスを外部のプログラムから利用できる「Government API」という方向を提示した。
たとえば、住民がAIに転居について相談すると、必要な手続きまでつながる。家の前の道路の穴を撮影してAIに伝えると、行政への連絡につながる。そうした構想である。講演では、AIと外部のツールやデータをつなぐ仕組みとしてMCPにも言及し、人が行政の画面を一つずつ操作する負担を減らす可能性が示された。
これは、その場ですでに利用できるサービスの紹介ではなく、AIと社会をどう接続するかという提案だった。討論では、一般の人が普段使うAIから行政の機能にたどり着けること、AIが必要な情報やAPIを発見できることが論点となった。さらに、本人の操作とAIによる代理の操作をどう区別するか、申請などの書き込みをどう安全に行うかも議論された。便利な対話画面の先には、権限や本人確認を含む設計が必要になる。
不満や欲望を見つける力が重要になる
清水氏は講演の最後に、実装が容易になるほど、不満や欲望を発見する力が重要になると述べた。日常の不便に気づき、なぜこうなっているのか、こうしたいのにできないのはなぜかと考えることが、制作の出発点になる。
同時に、AIを使えるようになれば全員が同じように力を発揮するとは限らないという見通しも示した。強い意欲を持って試行錯誤する人と、その成果を利用する人との間に、新たな非対称性が生まれる可能性がある。制作の手段が広く届くことと、実際に制作に踏み出すことの間には、なお隔たりが残る。
討論で広がった参加と協働の論点
多様な声を集める目的を確かめる
ブロードリスニングについては、多くの意見を拾えることが、そのまま民主主義にとってよいと言えるのかという問いが出された。西尾氏は、多様な意見を把握したいという目的があるときに、その費用対効果を高める技術だと説明した。専門的な知識が必要な課題では、まず誰に話を聴くべきかを検討する必要があり、専門家へのインタビューを整理する用途にも使える。
地域でシビックテックを実践してきた研究部会のメンバーからは、地域の細かな課題に取り組むほど、必要なデータが見つからないという問題が提起された。小規模な自治体でもブロードリスニングへの関心が高まる一方、そもそもどのような声やデータが集まるのかを確かめなければならない。集まった情報を分析する技術だけで、必要な情報がそろうわけではないのである。
一人で作ってからつながる協働
協働の順序も論点となった。従来は、必要な技術を持つ人を集め、チームを作ってから開発を始めることが多かった。西尾氏は、AIによって一人で動くものを作りやすくなると、まず試作し、それを他者に見せ、似た関心を持つ人と情報交換する形の協働が増えるのではないかと述べた。若いクリエーターを支援する活動でも、そうした振る舞いが見られるという。
地域の現場でも、一人一作品の制作が現実的になり、作ったものをどう継続するかが次の課題として挙げられた。参加の場には、共同制作を始める場に加え、各自の試作を持ち寄り、使ってみて、改善や継続につなげる役割が考えられる。
西尾氏は、自分は作る側にはなれないという思い込みをほぐすことも重要だとした。専門家以外の人や子どもが、実際に作れたという経験を紹介する。それを見た人が、自分にもできるかもしれないと思えるようにする。技術の利用可能性を広げることとともに、制作に踏み出すきっかけをどう作るかが問われた。
個人の関心と公共的な価値は重なりうる
討論では、AIが人を公共的な問題への参加に導くのか、それとも自分の関心だけに向かわせるのかという問いも出された。西尾氏は、自分が楽しくて作ったものが、身近な人の役に立つ場合を挙げた。クラスの当番表を使いやすくするような、小さなコミュニティでの制作にも公共的な価値がある。
清水氏も、課題を感じる出発点は個人的なものでありうると応じた。自分にとって切実な不便を解決しようとすることが、結果として周囲の人にも役立つ。反対に、誰の困りごとで、なぜ自分が取り組むのかが曖昧なままでは、活動への共感を得にくい。公共性を考える際には、活動する人自身の動機を確かめることも大切になる。
また、地方で活動することと、活動の影響が地方の中にとどまることは同じではない。清水氏は、長岡で子どもたちと研究者や制作者が出会う場を企画していることを紹介した。地域の関係を生かして実現できる場から、より広い未来に関わる活動を始めるという考え方である。
地域でAIに触れられる場所を増やす
地域とAIをめぐる議論では、体験の場や機器へのアクセスも取り上げられた。清水氏が進める「AIゲームセンター」の構想は、勉強として構えずに、遊びながらAIの働きに触れられるようにするものだ。地域に高性能なコンピューターやAIを使ったゲームを置き、子どもや市民が実際に使える場所を作ることを重視している。
これに関連して、図書館などにローカルでAIを動かす端末を置く案も出された。クラウドへの情報送信を伴わない利用環境や、利用後に記録を消す運用を考えられるという提案である。また、企業の最先端の用途では選ばれなくなった機器でも、市民の学習や試作には役立つ可能性がある。
AIを使ってよいと伝えるだけでなく、実際に試せる機器や場所を整える。そこで生まれた制作を他の人が見られるようにする。こうした地域の条件が、AIを使って行動できる人の広がりに関わっている。
研究部会で引き続き考えたいこと
今回の議論では、AIによって意見の表明や制作の入口が広がる一方、その先の設計がいっそう重要になることが示された。意見の要約では、読みやすさとともに、何を拾い、何を落としているのかを検証する必要がある。参加の仕組みでは、意見を集める側の効率だけでなく、声を出した人がその行方を確かめられることが求められる。
制作の場では、専門知識の有無だけで参加者の可能性を判断できなくなる。生活や仕事で培った経験が、AIを介して形になる一方、場のテーマ、参加の条件、試した後の支援によって、その可能性の開かれ方は変わる。一人で作れるようになった先で、どのような協働が生まれ、成果をどう使い続けていくのかも、検討すべき課題である。
議論全体から研究部会が考えるべき課題としてアカデミアが担うべき役割がある。人々が身近な不満を言葉にし、試作し、その結果を他者と確かめる過程を、AIがどのように支えられるのか。今回の話題提供と討論を踏まえ、研究部会では、生成AI時代の参加と協働を具体的な実践に即して考えていきたい。